目次
- 序章:命をかけた仕事に意味はあったか
- 第1章:目的はある、でも“意味”はない
- 第2章:ドストエフスキーが語った“意味なき労働の残酷さ”
- 第3章:自由の中で直面した“意味の空白”と、終わらぬ探求
- 最終章:意味のない自由の中で、それでも“意味”を探している
序章:命をかけた仕事に意味はあったか
「俺の人生、これでいいんだろうか──」
そう思ったのは、40代の終わり。
エンジニアとして20年以上、自動車業界の最前線で働いてきた。
排ガス、燃費、騒音、振動、コスト……。
すべて数値で評価される世界。そこに正解があり、勝ち負けがある。
目標はつぎつぎに他人から与えられる。
私は盲目的に目の前のハードルを越え続けた。
それが会社員の本分だと信じていた。
けれど、ある日ふと我に返る。
「この努力、本当に誰かの役に立っているのか?」
たしかに燃費は向上した。
振動も、騒音も、ほんの少し静かになった。
でもユーザーは、それを感じ取ってくれているだろうか?
私は誰かに貢献できたのか?
社会の役に立てたのか?
「あ、なんか静かになった気がする」──
そう、私が命をかけた努力は“気のせい”程度の成果しかない。
この落胆がしだいに心に巣食い始めた。
加えて、職場環境は決して健全とは言えなかった。
- 朝7時に出社し、夜10時に退社。
- メール、会議、資料、試験、トラブル、関連部署の調整。
- 休日出勤は当たり前。PCは常に持ち歩く。
かつては「これは自分の使命だ」と思っていた。
モビリティは社会インフラだ。人の命を乗せる製品だ。
技術者の責任は重い。
──そう信じていた。
だが、それは本当に“信念”だったのか?
それとも“自己正当化”だったのか?
振り返ると、そこには奇妙な無音の空白がある。
誰かに褒められることもない。
社会から称賛されることもない。
何より自分で自分を誇れない。
エンジンの改善なんて、
YouTuberのレビュー動画1本の熱量にも及ばない。
それでも命を削って働く自分に、私はどんな意味を与えようとしていたのか。
この問いが、自分の中に芽生えた瞬間、
もう元には戻れなくなった。
人生をかけた仕事。
本気でぶつかった仕事。
──でも、それに“意味”はあったのか?
それが、この記事のテーマです。
次章では、私が最初に気づいた“違和感”について語ります。
成果は出ている。でも、心は満たされない。
「目的はある。でも意味がない」という奇妙なパラドックス。
第1章:目的はある、でも“意味”はない
目標は、いつだって明確だった。
燃費を0.3%向上させること。
排ガス中のNOxを5ppm削減すること。
1台あたりの製造コストを300円下げること。
それは数字であり、評価軸であり、戦いのルールだった。
そう、目的はあった。
…ただし、意味がなかった。ないことに気づいた。
たとえば、0.3%の燃費改善。
満タンで600km走る車なら、1.8km余分に走れるという計算になる。
けれど、そんな違いに気づくドライバーがどれほどいるだろうか?
そんな数値、ラボでも計測できるかどうかの微細な差に過ぎない。
排ガス成分の削減も同じ。
測定器の性能限界に近づいた世界で、「あと5ppm削れ」と命じられる。
わかっている。
それは地球環境のためだ。規制遵守のためだ。
だけど、その改善は、社会からも、顧客からも見えない。
自分が努力して積み上げた成果が、まるで空気のように霧散するような感覚だった。
ユーザーからのフィードバックがあれば、少しは救われたかもしれない。
でも現実は、「あの車、静かになった?」という曖昧なひと言が関の山。
しかも、その“静かさ”がエンジニアの命を削る努力によるものだなんて
誰も知らないし、気にもしない。
むしろ「最近の車は、みんな同じ」と言われる始末。
成果はある。間違いなくある。
でも、その成果が“意味”として感じられない。
これは、地味にしんどい。
もちろん、数字が目標になるのは仕方がないことです。
定量化されたKPIがなければ、組織は動けませんし、評価もできません。
でも、その数字が「誰のための数字なのか」が見えなくなると、
仕事そのものが虚無に見えてくることもあるのです。
あなたも、そんな経験はありませんか?
たとえばこんな風に。
- 「成果が出ても、誰も気づかない」
- 「この改善は、本当に社会の役に立っているのか?」
- 「ユーザーに伝わらない仕事に、どれだけ意味があるのか?」
それでも私たちは、毎日、数字を追いかける。
なぜなら、そうすることでしか“意味を問わない世界”では生き残れないから。
でも、意味を問わない労働は、
いつか内側から自分を蝕み始める。
その兆しは、確実に私の中に芽生えていた。
次章では、そうした「意味のない労働」が、
どれほど人間の心を蝕むのかを掘り下げてみたいと思います。
第2章:ドストエフスキーが語った“意味なき労働の残酷さ”
「最も残酷な刑罰とは、完全に無意味な労働を人に強いることだ」
──ドストエフスキー『死の家の記録』の一節です。
彼はシベリア流刑という極限の環境で、人間の尊厳がどのように崩壊していくのかを目撃しました。
レンガを積み上げさせては壊し、また積ませる。
目的のない行為を延々と繰り返すうちに、
人は「なぜ生きるのか」という根本的な意味を見失い、精神を蝕まれていく。
それは肉体の苦痛ではなく、「生きる意味を剥ぎ取られる」という魂への拷問でした。
私はこの言葉を初めて読んだとき、息を呑みました。
なぜなら、それがまさに自分の職場そのものだったからです。
私の職場には常に「目標」がありました。
燃費〇%向上、排ガス△ppm削減、コスト☆☆円削減──どれも明確な数字です。
しかし、その数値は年々、現実離れしていきました。
もう物理的に限界だと誰もがわかっているのに、
経営層は「前年比改善」という呪文を唱え続ける。
限界を超えた目標は、もはや技術開発ではなく根性論です。
そして、その無茶な目標がエンジニアたちを精神的に追い詰めていきました。
「もう少し頑張りましょう」
その言葉が、まるで呪いのように職場に響く。
改善資料を作っては修正し、また作る。
まるで、ドストエフスキーの描いた“レンガ積み”のようでした。
見た目は知的で洗練されたオフィスとラボ。
でもその実態は、意味のない努力を繰り返す精神収容所のようでした。
「改善」と呼ばれる作業の多くは、実質的には「無限ループ」。
結論ありきの報告書を修正し、エクセルのフォーマットを整え、
数字を少し動かすために現実を微修正する。
──それが、日常だったのです。
毎年一定の割合で仲間が壊れていく。
いやむしろメンタル不調者の数が業務負荷のバロメーター。
「お前のチーム、まだメンタルダウン者ゼロだよな(まだ余裕あるんじゃねぇの?)」
といった具合だ。
誰もが「頑張っている」、文字通り命がけで。
だが、何のために?意味はあるのか?
朝、ベッドから起き上がるのがつらくなる。
「この仕事、今日もやる意味あるのか?」と天井を見つめたまま動けない。
そんな日が増えていきました。
上司は言いました。
「KPIを回すのが仕事なんだから」「感情を持ち込むな」
そう、“意味を問うこと”はタブーでした。
「そんなこと言う暇があったら仕事しろ」と言われる世界。
考える余白を奪う構造が、制度として出来上がっていたのです。
私は次第に、恐怖を感じるようになりました。
過労でも、失敗でもない。
一番怖かったのは、自分の中の“意味を感じる力”が死んでいくことでした。
ドストエフスキーの洞察は、150年の時を超えて現代にも突き刺さります。
「意味を奪われた労働」は、単なる退屈ではない。
それは、“魂を奪う”行為です。
私は、その「無」に飲み込まれる前に逃げました。
あるとき、会社を辞める決意をしたのです。
会社を辞めれば、この苦しみから解放される。
「意味のない労働」から抜け出せば、きっと楽になれる。
──そう信じていました。
けれど、現実は皮肉でした。
そこに待っていたのは、予想外の苦悩でした。
「意味のない自由」という虚無
次章では、そんな自由の正体について語っていきたいと思います。
第3章:自由の中で直面した“意味の空白”と、終わらぬ探求
会社を辞めました。
毎日がひどく静かな時間になった。
誰からも叱られず、締切もなく、KPIもない。
まさに“自由”そのものだった。
けれど、その自由は不思議な重さを持っていた。
その重さの正体は込み上げてくるひとつの疑問でした。
──「自分は、何のために生きているのか?」
会社員時代、たしかに私は追い詰められていた。
意味のない目標、虚無のKPI、報われない努力。
だけど、その「忙しさ」は同時に、私から“問い”を遠ざけてくれていた。
なぜ働くのか。なぜ生きるのか。
そうした根源的な問いは、「今日はあの会議」「今週はこの締切」というスケジュールの洪水によって、
都合よく棚上げできていた。
でも、会社を辞めた瞬間、その棚が崩れた。
誰も目標を与えてくれない。
誰も「君は頑張ってる」と評価してくれない。
自分の行動に意味を与えるのは、自分だけになった。
それが“自由”の本質だとしたら──なんて残酷なんだろう。
無職になって初めて気づきました。
自由は「生きる意味」という命題をより際立てるのです
そして「意味を問う力」は生きるために必須の力なのです。
人は、意味があるから努力できるのではない。
努力の先に意味があると“信じられる”から、今日を耐えられるのだ。
けれど会社というシステムから抜け出した私は、
もはや他人に目標を与えてもらうことはできない。
「自分で意味をつくれ」──それは自由の裏に隠された、重い要求だった。
では今、私は意味を見つけられたのか?
正直に言いいます。まだ、なにも見つけていません。
私は今でも、「この生き方に意味はあるのか?」と自問しつづけています。
けれどひとつ、信じていることがあります。
それは、“問いを持ち続けること”こそが、私の中の意味の火を消さない唯一の方法だということ。
「意味があると信じたい」──その願いが、私の毎日をかろうじて前に進めてくれている。
フランクルはこう語った。
人間はパンのみにて生きるにあらず、意味により生きる存在である。
ドストエフスキーも言った。
人は意味のためには生きられるが、意味のない苦しみには耐えられない。
今、私はその“意味のなさ”と向き合っている最中だ。
そして、その苦悩の只中にいるからこそ、ようやく人間らしくなれた気もしている。
だから、これは成功談ではありません。
ハウツーでも、自己実現の体験記でもない。
「生きる意味とは何か?」という果てしない問いに、
ただ向き合い続ける者の内面の吐露です。
意味は、与えられるものではない。
意味は、たぶん探すものでもない。
──意味とは、きっと「意味を問う」という行為そのものに存在する。
そう信じて、今日も私はこの不確かな自由を歩いています。
最終章:意味のない自由の中で、それでも“意味”を探している
会社を辞めて、やりたかったリストを片っ端からやってみた。
ある程度やってみるとぼんやり湧いてくる気持ち
「なんか思ってたほど楽しくない」
こんなはずじゃない…原因はなんだ?
会社では他人が“やるべきこと”を与えてくれました。
プロジェクトの期限、数字の目標、部下の育成──たとえ重荷でも、それは日々の行動に「理由」を与えてくれました。
でも、辞めた瞬間にそれが消えた。
やるもやらぬも自由。誰にもとがめられず、誰からも期待されない。
それは一見、解放のようにも見えるけれど──案外、しんどい。
自由って、誤魔化しが効かないんですよね。
仕事では失敗しても他責にできる。
でも自由な時間をムダにしたとき、自分以外の何かのせいにできない。
自由も時間も貴重だ。定年まで勤めていたらもらえたはずの給料は合計1億を超えるだろうか。そんな大金をかなぐり捨ててまで手に入れた時間なのに、自由なのに、「無意味」に消費すると自己嫌悪が襲ってくる。
「何のために生きているのか?」と焦る。
何か意味あることをしていないと不安になる。
これは、私だけじゃないと思います。
FIREや早期退職に興味を持っている人なら、どこかで似たような壁にぶつかるはずです。
じゃあ、どうすればいいのでしょう?
私はまだその答えを持っていません。
けれど、「意味は自分でつくるものだ」という考え方に、少しだけ希望を感じています。
生きる意味って、どこかから降ってくるような壮大な正解じゃなくて、
日々の中にぽつぽつと落ちている“手応え”のようなもの。
- 誰かに「ありがとう」と言われたとき
- 少しだけでも昨日より成長できたと感じたとき
- 「ああ、これなら明日もやってみようかな」と思えたとき
そんな断片を拾い集めるような日々を、目指そうと思っています。
上手くいかない日もあるけど、それでも少しずつ前に進んでいる感じがします。
“意味の再構築”などと壮大なことはしません、やるのはささいな日常の積み重ね。
こんなことで生きる力が湧くのかという焦りもありますが、
「生きてる」って感じはほんのり暖かく湧いてくる…はず。
これは「こうすればうまくいく」という成功論でもありません。
悩める個人がこうすれば“うまくいくはずだ”と信じてもがいている──そんな話です。
私はまだ、意味を探している最中。
でも、その探しているという行為そのものが、もしかしたら“意味”なのかもしれません。
だから私は今日も、こうして書いています。
自分のために。
そして、どこかの誰かが少しでもホッとできるような“意味の断片”を届けられたらうれしい。
──これが今の私のいまの等身大、自由との向き合い方です。
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