★コンプライアンス最優先
職場の掲示板には「コンプライアンス最優先!」と拳を握る社長のポスターが貼られています。 ま、そんなポスターを職場で掲示するのはコンプラ違反が多発してるからです(笑)
皮肉なものですね。社長さんもたいへん。
さてハラスメントっていうワードは良く見聞きしますが、人事にハラスメント行為を訴えたら会社はどうするのか、その後のプロセスってあまり知られてませんよね。
パワハラが横行してるのに…
「明らかにパワハラ上司なのになんで飛ばされないんだ?」
「いったい会社は何考えてるんだ!?」
なんでこんなに理不尽なことになるのか、直感的には理解不能なことが多いです。
そこでパワハラ被害者が人事部に通報した後、どんなプロセスでパワハラ認定されていくのか、あまり馴染みがないかもしれません。そこで、私の職場で実際に起こった実例をベースに紹介したいと思います。
★私の部署のパワハラおじさん
根っからのパワハラ体質のPさんがウチのチームにいました。常に誰かターゲットを決めて執拗にマウントしています。毎日事務所で特定の若手社員にありがたい説教を数時間するのが日課です。Pさんは、こうして若手社員に上下関係を刷込んで従順な兵隊に仕立てるのが常套手段です。
さて新入社員のA君が配属されました。Pさんのかっこうの餌食です。右も左も分からないA君は理不尽を感じつつも鬼軍曹Pさんのしごきに耐える日々。「会社ってこんなもんなのかな、我慢しなきゃいけないのかな…。」戸惑っています。
そこへ中途採用で入社したBさん。BさんもPさんの餌食になるかと思いきや、実力で勝るBさんはPさんを簡単に論破してしまいます。皆の前で恥をかかされたくないPさんはBさんには干渉しなくなります。Pさんの小心者具合がうかがえますね。だいたいパワハラって逆らわない人がターゲットにされてしまいます。見苦しい。
結局PさんのパワハラはA君に集中。でも周囲は見て見ぬふり、だってみんな過去の被害者です。「あーぁA君かわいそうに、オレも昔やられたよなー」なんて。A君はかわいそうだが自分がPさんに睨まれるとめんどくさい、触らぬ神にたたりなしです。「オレもやられたし、みんなやられたし、まぁいつものことだよね。」
A君への圧迫行為が続く毎日、意外にも先にまいったのはBさんでした。来る日も来る日も理不尽で浅はかなシゴキを目の前で続けられるのがもう耐えられない、と。
会社には「コンプライアンスホットライン」というものがあります。社内の法令違反や倫理規定違反を訴える窓口です。
堪りかねたBさんはそのホットラインへ連絡しました。
★まずはコンプライアンスホットラインへ
Bさん「職場でパワハラが日常的に行われています、自分自身は直接的な被害者ではないが、パワハラが黙認されている職場ではBさん自身が苦痛である」とメールで訴えを起こします。
★被害者本人へのヒアリングで事実確認
まずは人事担当者がBさんと面談をします。 被害者からの訴えとして具体的にどんなハラスメントが行われているのかを人事担当者が事実確認します。 パワハラの基準は以下の通り。
ポイントは3つ
・立場の上下関係を背景にした圧力をともなう言動や行為か
・業務上必要かつ適正な範囲を逸脱しているか
・精神的苦痛を与えたり、職場環境を害する行為であるか
具体例としては6つ
・身体接触や暴力
・脅迫・侮辱・暴言
・陣現関係の切り離し(仲間外れ・無視)
・過大な要求
・過少な要求
・プライベートの侵害
基準に照らし合わせれば、PさんからA君に対する執拗な説教行為は明白にアウトです。
Bさんは直接的な被害者ではありませんが、立場上の優位性を背景にした必要以上の圧迫行為で周囲に精神的な苦痛を与えていると言えます。ただし、この時点ではBさんの一方的な証言なので事実確認としてはまだ不十分です。
★直接被害者への事実確認
そこで今回の直接的な被害者であるA君へのヒアリングが実施されました。そこであらたに発覚したのは業務上の圧迫だけではなくセクハラや身体接触でした。
・新婚のA君のプライベートに関わる性的なイジリがたびたびあったこと。
・事務机の下では足を蹴られたり、背中や肩を叩かれていたこと。
などなど、典型的なハラスメント事例が明るみに出てきました。
・A君「毎日執拗に説教されてると『お前はダメだ洗脳』されてる気になってきますとのこと。
★管理職や周囲へのヒアリングで事実確認
次は管理職や周囲へのヒアリングが実施されます。
もちろんこのヒアリングはA君Bさん断ったうえで執り行われます。彼らの同意なしには加害者や周囲へのヒアリングは行えません。今回は管理職だけのヒアリングでしたが、職場で日常的に行われているハラスメントは周知の事実。管理職としてとても不本意ですがA君とBさんの証言は事実に間違いございません。
★加害者へのヒアリングで事実確認
さて、いよいよ加害者へのヒアリングです。これをやらないと事実認定できない。これが最大のハードル。被害者のA君BさんにとってはPさんからの報復行為が怖い。当たり前です、相手は職場のボス猿、周りは誰もPさんに逆らえない。こっちは新入りのA君とBさん、圧倒的に立場が弱い。
しかし、彼らは捨て身で訴えてくれました。一応ホットラインに通報したのがBさんである旨は伏せるという条件でPさんへのヒアリングが行われました。
Pさんの証言
・A君への指導は教育目的である。
・励ます意味で肩や背中をポンとやったことはあるが足を蹴るなんてやってない。
・A君の立場に立って工夫しながら分かりやすく伝える努力をしている。
・セクハラ発言は記憶にないが、言ったとすればそれは冗談。冗談まで禁止されては人間関係の構築もむずかしいじゃないか。
・オレが若いころはスパナで殴られながら仕事を覚えたもんだ。
・最近の若い子はデリケートだ。でも、それも踏まえて適切に指導している。もし、最近の若者にとっては厳しすぎたなら申し訳ない。
・最近は強いリーダーが少ない。ウチの部門が順調に仕事をまわっているのはオレが若手社員を厳しく指導して育てたおかげだろ。
といった証言だった。
暴力やセクハラは絶妙に否定しつつ、おおむね事実を認めた形。しかしそれは新人育成のためであり職場のためでもあると大義名分を傘にした証言だった。
★人事コンプライアンス部門で処分を検討
被害者と加害者への事実確認を終えたところで人事部内で就労規則に照らし合わせて処分が検討された。だが、ここでどんな会話・検討がなされたのかは私は知らされていない。過去事例・他部門や社外への影響その他大人の事情もいろいろ考慮されたのだろうか。
★人事の見解はまず管理職へ通達
人事部としては“注意書きによる指導が適当と判断する”だった。
「Pさんの態度や言葉遣いには問題があったが、社としては人材育成に対する思いを尊重したい。Pさん本人も指導を真摯に受け止めて反省しているので、処分は態度や言葉遣いをあらためるよう厳重注意という文書通達が適当と判断した。」
…とのこと。
★加害者本人に対して処分が下された
「Pさんの行為はパワハラと認定されてもおかしくない懲戒処分一歩手前である。態度や言動は改めていただかなければいけない。しかし後進の育成は大事な仕事でありPさんには引き続き指導役を担ってほしい。」…と人事部長が直々にPさんに教育的指導を行なった、以上。
…とのことだった。
★顛末
事実上の無罪放免です。
明らかに不当な裁定だった。 怒りが込み上げた、私が個人的に。どんなに汚い言葉を使ってもこの憤りは表現しきれない。
ただし、いちど決まった最低は覆らない。私個人の怒りはさておき、次があるとして正義を行うにはどうすればいいのか、なにかもっとできることはなかったか。少し状況を俯瞰してみたいと思います。
★誰が無罪放免にしたの?
加害者のPさん以外の登場人物はそれぞれ個人としてはまっとうなバランス感覚を持っていたと思う。人事は無罪放免にしたが、人事部担当者個人はパワハラとして看過できないことは認めてくれていた。こっちが逆に引くぐらいPさんのパワハラ行為に危機感を示してくれた。「今どきそんな戦時中みたいなしごきが横行してるんですか!?うちの会社で!!!」って。
事実認否として、ガイドラインに照らし合わせても明らかにハラスメント行為があった。
証言を聞いた関係者は皆個人的にはパワハラがあったことを問題視していた。
明らかに有罪だ。
なのに、それでも裁定がひっくり返ったのはなぜか?
誰か強力な個人が“無罪!!”と決めたわけではない。なにかパワハラ認定のプロセスに問題があるのではなかろうか?
★公正な処分を下すためには障害が多い
今回の件を振返ってみると、パワハラで懲罰を下すまでには数々のハードルがあります。
・被害者がホットラインへ訴える心理的なハードル
報復行為への恐怖です。立場上の強者を糾弾するのはリスクを伴います。ある意味捨て身の覚悟が要ります。
・加害者による事実の過少申告やごまかし
暴力やセクハラなど明らかな一線を越えた事実を除けば、ハラスメントはお互いの認識の問題です。言った/言わないの水掛け論で事実は闇の中です。それを避けるには音声データなど証拠が欲しいところですね。
・問題の本質は加害者個人ではなく部門風土
ここからが根が深い。
パワハラが黙認されているのはそれが必要悪だからです。ぶっちゃけパワハラ上等!な現場監督は職場を束ねるのに便利なんです。若手や新人社員を束ねてチームとして機能させるには軍隊式のリーダーシップが手っ取り早い。「黙って命令に従え」というわけです。
そしていちど軍隊式の職場運営をしてしまうとずっと鬼軍曹(現場監督)に頼らざるを得ません。一等兵たちは思考停止して鬼軍曹の命令でしか動かないからです。
しだいに現場を仕切る鬼軍曹は増長し部長も課長も手出しできなくなります。パワハラも黙認せざるを得なくなるわけです…。
・人材流動性の問題
仮に加害者がパワハラで有罪認定された場合、通常は加害者と被害者を遠ざけなければいけません。別の職場にとばします。ただ、懲罰人事でとばすなら当然受け入れ先が必要です。しかしパワハラでとばされてくる問題社員を受け入れるような部署はなんてありません。つまりパワハラ社員だからこそ異動させられないんです。
それにもし仮にクビや懲罰人事で加害者を排除できるとしても、今度は加害者を飛ばした後の人材の補填が問題になります。職場で突発的に人が減るのはマズイ、仕事が止まっちゃうんです。そもそも社内はどこも人員不足です。パワハラの懲罰で欠員が出たところでよそから人材が補填されるなんてことは望めない。だってもともとウチの部署の不始末なんだから自分のケツは自分でふけという話。結局欠員が出るぐらいなら問題社員でもいないよりはずっとマシというのが台所事情です。
パワハラでとばすことすらできないんです、ましてや「パワハラでクビ」なんて絶対あり得ない。
★まとめ
ハラスメントなどの問題行動を懲罰で食い止めるという仕組みは事実上機能していません。原因は裁定の曖昧さやコトなかれ主義に加えて、職場風土や人材流動性の問題です。加害者や部長や人事担当者などの個人ではなく構造的な問題です。かなり根が深い。
しかし、「コトなかれ」はボディーブローとして効いてくる。社員はみんな見ていますよ「あーなるほど、ハラスメントもOKじゃん」ってな具合です。ハラスメントは伝染し職場風土がどんどん悪化します。立場の序列で発言力が決まるので、若手は口を閉じ思考を停止します。鬼軍曹ひとりが力で束ねて他は命令に従うだけの一等兵たち…なんて脆弱な組織だろうか。
いや、そんなことよりハラスメントの被害者は堪ったものじゃない。ホットラインへ訴えるのは捨て身の行為、最後の手段ですよ。それぐらい追い詰められたんです。勇気をふり絞って声を上げたのに、大人の都合で被害を過少に評価して「加害者も反省してるので次から大丈夫だから」などとお茶を濁すんですか。捨て身で行動した被害者が泣き寝入りで加害者は野放しじゃあまりにも理不尽じゃないか。
社長!コンプライアンス最優先!なんてぬるい掛け声だけじゃダメです。コンプラを遂行できる仕組み、特に人事制度を作りませんか。まずは実態を直視して分析しませんか。
組織の体力はこういうところから弱っていってますよ。
★追伸
Pさん・A君・Bさん、実はいずれも私のグループのメンバーです。私が傍観者であるかのように記事にしましたが、本当は私が責任者なんです。私の行動や心情については、分かりやすさのためにあえて触れずに記事にしました。
ただひとつ、A君とBさんを守ってあげられなかったのは本当に申し訳なく思っています。私の力不足は悔やんでも悔やみきれません。
A君・Bさん 私が頼りない上司で本当にすまなかった。
コメント